地図にかかれた地名から想像して作ったお話をおとどけします。
高知県土佐市猿喰(さるばみ)1/25,000地形図高知12号の1「土佐高岡」
むかしむかし、海にすんでいたカニは、ふとしたことでクラゲとけんかになったんじゃ。それで、けんかに負けたカニは、クラゲのどくをあびてしまった。
それからというもの、カニは、まっすぐ歩くことができなくなったんじゃ。
それでな、カニたちはしばらくの間、歩き方もぎこちなくなった。
それまで海にすんでいたカニは、新しいすみかをさがし歩いているうちに、川に入りこんでしまった。方向かんかくも、うしなってしまったようだった。
それでも、たどりついた小川での新しい生活は、かいてきであったそうな。
クラゲのすがたもなく、ほかにてきらしいものもなく、食べ物もほうふであったから、クラゲのどくをあびたこの地方のカニは、こうして、陸(りく)にすむようになったそうな。
ところで、カニたちがすむ、沢のおく深くには、猿(さる)がすんでいたんじゃ。
猿たちは、山の木の実をたべものにしていたが、この年は気温が低く、木の実のほとんどが実をむすばなかったんだそうな。
それで、猿たちは、食べ物を求めて山から里(さと)へおりてきたんじゃ。
猿たちが見つけたのは、小川にたくさん落ちている赤くじゅくした木の実だった。
それは、それは、それはとてもおいしそうに見えたそうな。
「おーい、おいしそうな木の実がたくさんあるぞ」
「大きな木の実だぞー」
といって、猿たちは、おく山にはない小川の赤い実をめざして、集まってきたと。
ところが、手をのばすと、その赤い実は、少し動いたそうな。
「・・・おかしいぞ」
「生き物なのかなー? でもおいしそうだな」
思いきって、手を広げてつかもうとすると、赤い実は小さなハサミを広げたと。
「イタタタ・・・」
あちこちで、猿が指をはさまれ、赤い実が声を上げたそうな。
「お猿さん。私たちは木の実ではないですよ」
木の実だと思っていたものが、話し始めた。声を出したのは、海から小川にやってきた赤いカニだったんじゃ。
「木の実ではないといっても、おいしそうだなー」
猿たちは、けげんそうなようすで見つめたそうな。再び、赤い実が、いや赤いカニが話し出したんそうな。
「お猿さん、私たちを食べてもいいけどね、私たちは海でクラゲのどくをあびて、よごれきっているんですよ。そのせいで、歩き方はこのように横歩きになってしまったし、病気で体はまっか。それでも食べますか?」
「クラゲのどくのえいきょうがでますよ!」
カニの話を聞いた猿たちは、そうだんを始めたんじゃ。
「美味しくないだとか、よごれているなどといっているけど、しんじられないな」
「うそにきまっている」
「はらもへっているし、食べよう。食べよう」
猿たちは、こんどはしんちょうに、手をのばしたんだと。
「待って下さい」
カニたちは、もう一度猿におねがいしたんだと。
「私たちは、いま子そだてのさいちゅうです。ほら、おなかにいっぱいの子どもがいるでしょう。この子たちがそだつまで、もう少し待って下さい」
「お猿さんだって、子どもはかわいいでしょ。おねがいします!」
そういって、小さなカニの子どもがびっしり入ったおなかを見せて、猿たちに、ひっしにたのんだそうな。
ところが猿たちは、話を聞いてくれなかったんだな。
カニたちのひめいのような声もかまわず、食べ始めたんじゃ。
またたく間に猿たちの口は、カニでいっぱいになった。口に入ったカニたちはというと、のみ込まれないようにと、ハサミや足をのばしてふんばったそうな。
猿の口は、横になったカニでふくれあがり、つっぱった足がほっぺたをさらに広げた。
「いたた!」
「いたたた!」
それまで白かった猿の顔が、赤くなり、ほおは、はちきれんばかりになったんだと。
そして、どの猿も、がまんできなくなって、口に入れたカニを、つぎつぎとはきだしたそうな。はきだされたカニは、急いで石の下に。
顔をはらした猿たちは、しぶしぶと山へ帰っていったんだと。
それからというもの、猿のほおは赤―くなってな、横にふくらむようになり、二度と赤い沢カニを食べることはなくなったんだと。
猿が、沢カニを食べそこなった、土佐(とさ)のこのあたりは、「猿喰(さるばみ)」とよばれて、沢にはたくさんの赤いカニがすんでいるんだとさ。