地図にかかれた地名から想像して作ったお話をおとどけします。
福島県川俣町井戸神(いどのかみ)、水境(みずさかい)1/25,000地形図福島6号の2「萩平」
冬には、雪がたくさんふるある山里(やまさと)に、狐(きつね)の村と狸(たぬき)の村が、となりあわせにあったそうな。
狐はな、ネズミや小リスなどをつかまえて食べていたが、それにもあきたときは、とうげをとおる旅人(たびびと)をおどろかしては、持ち物の中から食い物をさがして、はらをふくらませていたんだと。
狸はというとな、ふだんは“やまいも”や“のいちご”などを食べていた。これも、ときおりは里へ下りて、村人が大切にしている畑の作物をしっけいしては、おなかが丸くなるまで食べていたんだと。
もしも、うんわるく畑で人間につかまってしまったときには、葉っぱにばけたり、お金にばけたりしてにげて帰っていたんじゃ。
そんな狐と狸がすむ山里。
この年は、いつになく雨の少ない日が続いたそうな。
狸が水あびをしたり、狐がのみ水にする小川は、小さな流れになってしまった。
狸が水あびをすると、狐ののみ水はなくなったんじゃ。また、狐がのみ水をはこぶと、狸の使う水はなくなった。
そこで、狐はな、夜のうちにこっそりと上流(じょうりゅう)で水をせき止め、狐の村へはこんだんだと。
よく朝、いつもの小川にやってきた狸たちは、ひからびた岩だらけの岸を見てびっくりした。体についた、よごれを落とすことが出きなかったんじゃ。
その夜、狸たちはというと、いつもの小川のさらに上流に集まり、少なくなった水をせき止めて水あびをしたんだと。
そして、よく朝。こんどは狐たちが、まえに自分たちがせき止めた岸にくると、そこは砂だらけ。小さな流れも、どろだらけでのみ水にはならなかったんだと。
おこった狐は狸の村に向かって、狸と狐のけんかが、おきたそうな。
狸(たぬき)の丸いはらをけ飛ばす狐(きつね)、狐のしっぽにかみつく狸。狐と狸のあそいいは、いつまでも続いたと。
さいごには、狐も狸もきずついての、つかれはてて、やっと静かになったそうな。
そのとき、狐と狸のあらそいを木のかげから見ていた「井戸の神」がでてきての、こういったんだと。
「狐(きつね)と狸(たぬき)よ、よく聞きなされ。雨が少ないときに川がかれるのは、あたり前のこと、そのときこそ、なかよく水を使いなされ」
そして、続けていった。
「これから、私がこの“つえ”でさす場所をほり、井戸(いど)を作りなされ。そうすれば、日でりのときにもこまらないだろうよ」
と、いいながら、井戸の神はな、小川の先の少し開けた草はらに“つえ”を立てると、森の中にきえてしまったそうな。
狐と狸はそうだんしてな、一日交代で井戸ほりを始めることにしたんだと。
最初は、狐のじゅんばん。
狐ははじめこそ、ものもいわずにほっていたそうな。
「ほんとうに水が出るのかなー」
「こんなかたい石では、ほれるはずがない」
一時間もすると、すっかりあきらめて休んでしまったんじゃ。
よく日の井戸ほりは、狸のとうばん。
「こんなかたい石の下から、水がでるはずがない」
「手が、まっ赤にはれて、これではおいしいごちそうも食べられなくなる」
などといっては、やはり一時間もしないうちに井戸ほりを止めて、昼ねをしてしまたんじゃ。
そんなことでは、一週間たっても井戸は少しも深くならなんだ。
そうしたある日、雨がふり出したんだと。
井戸としてほった、ほんの二、三十センチメートルほどのあなには水がたまったとき。
「井戸に水がたまった」
「たまった、たまった」
狐も狸も、そういって井戸ほりをやめてしまったそうな。
しかし、たまった水は、見るみるうちに土の下にしみこんでしまった。
ところが、そのよく日からは、こんどは大雨になったが、やはりほりかけの井戸にたまった水は、しみこむばかりだったんじゃ。
「そうだ、小川にはたくさんの水が流れているはずだ」
「そうだ、そうだ」
この声に、狸も狐もぞろぞろと小川をめざした。
ところが、どうしたことだろう。
そこには、いつもの小川の流れはなかったんだと。
木のかげから、これまでのようすを見ていた「井戸の神」はおこってしまってな。
きうのゆうがた、小川に”つえ”を投げ入れたんじゃ。
そうすると、山からの水を集めた、あの小さな流れがな、はんたいの谷へ流れるようになったんだと。
それっきり、狸の村にも、狐の村にも水は流れなくなってな、狸も狐もこの村をすてて、もっと山おくにうつりすむようになったんだと。
今も、小川の流れはかわっていないんじゃが、のちに里からこの近くにすみついた人間はな、「井戸の神」の話を聞いての、井戸をほり、日でりのときでも、水の心配なしにくらしているんだと。
それぞれのことがあったしょうこに、「井戸の神」、「水境(みずさかい)」という土地の名が、ここに残っているんだとさ。
もちろん、地図には水の流れがかわったしょうこもね。