地図にかかれた地名から想像して作ったお話をおとどけします。
静岡県静岡市かぎあな(かぎあな)、桑木穴(くわぎあな)、香木穴(かぎあな)(1/25,000地形図静岡6号の3「蒲原」)
東の国から、この駿河(するが)の山里にひとりの男がやってきた。
男は、東国(とうごく)では、仕事がうまくいかなかったので、ここまでくれば、それもかんたんにできるだろうと、やってきたんだと。
その男の仕事はな、どろぼうだった。
お金のありそうな家をさがしては、母屋(おもや)や蔵(くら)にしのびこんで、金めのものをぬすむんだ。
まぬけなどろぼうは、東国では家人に気づかれ、かい犬においかけられしては、にげ出していたんだと。
それで、いつもひもじい思いをしていたんだそうな。
のんびりしたこの村なら、男にも仕事がうまくできそうだった。
目ぼしい家はないかと見わたしながら、だんだん畑にかこまれた小さな村を歩いていると、どこからかいいにおいがしてきた。
「いいにおいだな、うーん、おいしそうなにおいだな」
おなかをすかした男は、においにさそわれて、とある大きな家の前に近づいた。
戸はかたーくしめられていたんだが、小さな”かぎあな”から、そのにおいはもれてきた。穴に目をつけて中をのぞいても、おいしそうなものは見えなかった。
それどころか、においにつられて、うろうろしているうちに、ここでもかい犬においかけられたんだと。
おなかをすかした男はな、やっとの思いで犬からにげた。
そしてまた、目ぼしい家はないかなあと歩いていると、またあのにおいがしてきた。こんどこそは、あのうまそうなものを手に入れようとしたんだ。
用心しながら、においのする方へ向かったんだと。するとここでも、においはかぎをかけた蔵(くら)の中から流れてくるようだった。
蔵にしまうほどの、大切なものなのだろうか。
かぎあなに、はなをよせてみると、「うーん、なんともよいにおいだ。きっと、おいしいものにちがいない。こんどこそ!」
どろぼうは、かぎあなから中をのぞいてみたが、それらしきものはない。
それでも、なんとかして食べ物を手に入れたいとひっしになってかぎを開けようとしたんだと。
小えだで、さぐってみたがうまくいかない、ゆびを入れてなんとかならないかとやってみたがうまくいかない。
それどころか、入れたゆびが、かぎあなからぬけなくなってしまった。
「うーん、こまった。ぬけないぞ」
そのうち家の人がやってきたんだと。
「なんをしているだ!!」
「かんべんしてけれ、おなかがすいてとおりかかったところで、おいしそうなにおいがしたので、ちょこっとあじ見しようとして、ゆびをつっこんだんだ。そしたら、ぬけなくなったんだ」
と、どろぼうは、まじめに答えた。
「わっはっは」
「ははは」
「はっ、はっは!」
知らないうちに、じいさまも、ばあさまも、よめごも、子どもも、みんなが蔵の前さ集まってきて、大声でわらうんだと。
「ゆびつっこまなくても、はなよせればわかるだろう」
どろぼうには、なんのことか、わからなかった。
(みなさんは、どうしてだか、わかったかな。)
おなかをすかしたどろぼうのゆびは、おしても、引いてもぬけなかった。
蔵(くら)の戸をこわすのが一番だが、この村のお百姓さんには、いのちのつぎにだいじなものが、入っているだから、かんたんにこわすわけにはいかない。
ともかく、わらいをこらえながらも、かぎあなに、ゆびつっこんだままのどろぼうに、めし食わせたんだと。
あわてて、ごはんをのみこもうとして、むねがつかえたどろぼうは、その時こういったんだ。
「のどがー、つまったので、水を一ぱいくれないかーの」
「あいよ、いまお茶を持ってきてあげるから待ってろ」よめごは、母屋(おもや)に茶をとりにいった。
「かぎあなのどろぼうさん、お茶をどうぞ」
「おー、おいしいお茶だー。あーそうか、このにおいだ」
どろぼうは、気がついた。
「わっはっは」
「ははは」
「はっ、はっは!」
「ゆびで、茶のあじみなんぞできるもんかね」
だんなも、じいさまも、ばあさまも、よめごも、こどもも、そしてどろぼうまでも大わらい。
そのひょうしに、どろぼうのゆびは、すっぽんと、ぬけたんだと。
くらの中には、駿河名産(するがめいさん)のお茶が、それはそれは、だいじに入れられていたんだ。
この話が、いまにつたえられたからでしょうかね、このあたりのことを「かぎあな(かぎあな)」とか「香木穴(かぎあな)とよぶんだそうな。