地図にかかれた地名から想像して作ったお話をおとどけします。
香川県東かがわ市の様松(ためしまつ)、大内町水主(みずし)(1/25,000地形図徳島11号の4「三本松」)
その村は、ぐるりを山にかこまれていたと。
村には少ない田畑(たはた)しかなかったが、いっしょうけんめいこれをたがやし、村人は楽しくくらしていたと。
ところが、この年の夏はな、雨が少なく、村人は水のやりくりに、たいそうくろうしていたんじゃ。
上(かみ)の村には、水の流れが見えたが、下(しも)の村には、まったくというほど流れが見えんかった。
そんなときだった、大きなイノシシが山から下りてきての、村をあらした。まい日のように、村の田畑があらされた。
とくに、上の村にあるしょうやさんの、広い田畑が多くあらされたんじゃ。
それで村人は、みんなで山の入り口でさけんだそうな。
「なんでもいうこと聞くだから、村の畑あらすのだけは、やめてくんろー」てな。
しばらく、くりかえしていると、イノシシの頭(かしら)だろうか、太ーい声が森から聞こえてな、こういったと。
「人じちとして、若いむすめっこをだせー、若いむすめっこを村はずれの、やしろまでつれてこーい」とな。
村人は、相談したと。
「村に年ごろのむすめっこといえば、しょうやさんのところのツルと、下の村のびんぼう百姓(ひゃくしょう)の太助(たすけ)のところのツネしかいないのー」
こんどのそうどうでは、しょうやさんの田畑は多くあらされたがの、太助のちっちゃな田はまだあらされていなかったんじゃ。太助の田は、それ以上に、少ない雨のせいで、ほんのすこしの水もとどいていなかったから、稲は少しもそだっていなかったと。
でも、集まった村人には、そんなことはどうでもいいことだった。
村人は、しょうやさんの顔をちらっと見ただけで、だーれも、なんにも、いわなかっただが、太助のむすめっこのツネを人じちに出すことに、きめたんじゃ。
村人の代表は、太助の家さいって、話をし、いやがるツネには、さるぐつわをかませて、こしに入れて、村はずれのやしろの前においてにげたそうな。
しばらくすると、大イノシシがやってきての、こしに近づくと、こうしゃべったと。
「ツルか?」
さるぐつわをされたツネは、「いやツネだ」といったのだがの、聞こえたのか、きこえなかったのか、大イノシシは、「そうか、ツルか」といっての、こしをかついで山へ帰っていったそうな。
ところが、二日もするとな、ツネは山からひょっこり帰ってきたと。
村人は、つれさられてからのようすを、なんども聞いたのだが、はっきりしなかったんだなあ。それ以上に、ツネはなぜかさみしそうじゃった。それでも、大イノシシは、それからしばらくあらわれなかったから、そのことはすっかりわすれられてしまったと。
この年は、もうすぐ秋がこようとするころになっても、雨が少なかったと。
しょうやさんの大きな田の、ずーと下にある太助のちっちゃな田には、水はほとんど、とどかなかった。かれそうになった稲(いね)がひょろひょろとして、今にもたおれそうだった。
そんなある日、また、大イノシシがあらわれての。また、しょうやさんの田畑があらされて、だんなは大いにおこったんじゃ。
村人はといえば、前と同じようにの、
「なんでもいうこと聞くだから、村の畑あらすのだけはやめてくんろー」とさけんだだ。
大イノシシは、というと、
「人じちのむすめっこをだせー、若いぴちぴちしたむすめっこを村はずれの、やしろまでつれてこーい」という声を、また返してよこしたんだと。
村のものは、しょうやさんが、なんにもいわなくても、「ぴちぴちしたむすめっこなら、ツネだ」といって、こんどもツネを人じちに出すことにきめたそうな。
村はずれのやしろに、おきざりにされたこしのまえに、大イノシシがやってきての、近づくと、「お前はツルか?」と、よびかけたと。
このときツネは、人じちになることにすなおにおうじたので、さるぐつわはなかったから、「いやツネだ」とはっきりしゃべったと。
「そうかツネか、やっぱりツルはこなかったか?」
「イノシシさまは、この前も、私の顔をみるとすぐに私を村に帰しただが、イノシシさまは、びんぼう百姓のむすめツネではいやか」
かなしそうに、ツネがいうと、大イノシシはの、こういったそうな。
「おれはの、ツネのことが気に入ってる。
でもな、おれは、この川の水をつかさどる水主神(みずし)さまの、たんなる使いでの、
おれには、どうしようもないことだ」。
「ふーん、そうだったか。おら、イノシシさまの気持ち知って、ちょっと安心しただ」
「そして、これまでのことも、水主神(みずし)さまにいわれて、村人の気持ちをためすために、『人じちを出せ』といったのさ」
「イノシシさま、そうだったのか」
「水主神(みずし)さまは、水不足のときに、しょうやはどうするか? 村にさいなんがおきたときに、村人はどうするかを、ためしてみたんだ」
「しょうやとむらのもんは、おらを人じちにだしたぞ?」
「でもな、水主神(みずし)さまは、人じちは、どーしても、しょうやのむすめツルでないとだめだといって、きかないんだ」
「ふーん、そうか。そこのところを、なんとかならないのかのー。ぴちぴちのツネで!」
がっかりしたツネは、すなおにしゃべったと。
「なんどもいうがの、水主神(みずし)さまは、どーしても、しょうやのむすめのツルでなければなんないというんだ。
村人のためにぎせいをはらう気持ちが感じられないとおこっている」
「こまったのー」
「それどころか、水主神(みずし)さまは、『この村のしょうや村人は、もうだめだ! もう、水不足から、この村を守らない』といっている」
と、大イノシシは、はっきりいったんじゃ。
それを聞いいたツネはの、
「そんなこといわないでけれ、たのむから、私の大切な村と村人をまもってけれ!」
と、なんどもたのんだと。
でもな、水主神(みずし)さまの使いの大イノシシは、「それは、どうしてもだめなことだ!」と強くいったそうな。
これを聞いたツネは、心をきめた。
「水主神(みずし)さま!、わたしの体をさしあげますから、どうぞ村人をたすけてください」
そういうが早いか、大きな松のそばのがけから、川へ身をなげたそうな。
あまりのとつぜんのできごとに、何もできなかった大イノシシはの、
「水主神(みずし)さまー、ツネのねがいを聞いてあげてくださいー!」
といってな、ツネがとびこんだ川の中に、「どぼん」と入っていったんだと。
と、どうじにツネの体はの、ぽっかりと水面にうかんできての、いきをふきかえしたんじゃ。
しかし、ツネには、大イノシシのしたことは知らないことだった。
そして、しばらくすると、ツネと大イノシシが飛び込んだ川は、しだいに大きく広がり、そこにはため池ができたんじゃ。
びっしょりとぬれた体で、村にもどってきたツネは、これまでのことをみんなにしゃべったと。
話を聞いた、しょうやさんと村人たちは、大いにはんせいしての、そののちは、水をだいじに使い、助け合ってくらし始めたそうな。
もちろん、ひでりの夏でも太助の田には水がくるようになったじゃ。
しょうやのツルは、どうしたかって。
これまでツルは、仕事もせずに家にとじこもっていての、おいしいものをすきなだけ食べていた。
その、どっしりしたすがたは、村人のだれが見ても、ぴちぴちのむすめにはみえなかったんだと。
しかし、このさわぎがあってからは、畑仕事もてつだうようになっての、ツルもツネとおなじように、みちがえるほどぴちぴちのむすめになって、二人ともいいよめっこになったと。
さて、ツネが身をなげた場所に立つ、大きな松のことを、村人は「様松(ためしまつ)」とよんでいての、この話をつたえているそうな。
そして、大イノシシがあらわれたあたりを「水主(みずし)」というのだと。