地名からたどる創作民話


 地図にかかれた地名から想像して作ったお話をおとどけします。



岩手県釜石市鵜住居(うのすまい) 1/25,000地形図「釜石」
 

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岩手県 「鵜のすまい」

(うのすまい)



 

 そこは、北国の海に近い村だった。
 その村には、「阿(あ)」「伊(い)」「宇(う)」というめずらしい苗字(みょうじ)の人がすんでいたと。
 阿さんは、山で山菜や木の実をとることを仕事としていた。
 伊さんはというとの、畑でやさいをそだてる仕事を、そして宇さんはの、海で魚をとることをしていたと。

 そして、村の中ほどでは、七のつく日に市がひらかれていての。山で狩(かり)をするもの、畑でやさいをそだてるもの、海で漁をするものなどが、それぞれの品物をはこんできては、あきないをしたと。
 市のひらかれる日には、この村のものばかりか、きんりんの村からも、たくさんのかいものきゃくがきての、それはそれはにぎわっていたと

 ある月の、七の日のことだった。
 阿さんはの、山で取れたブドウを一ふさ一〇〇文で売っていた。となりにすわった伊さんはの、大根一本を一〇〇文で売っていた。さらにならんだ宇さんも、やっぱり魚を一ぴきを一〇〇文で売っていたと。

 夕日が山に落ちて、そろそろ店じまいの時間になった。
 その日は、あきないがうまく進んだ日であっての。のこった品は、それぞれ、ぶどうが一ふさ、大根が一本、魚が一ぴきだけだった。

そこで、阿さんがいったと。 「伊さんよ、大根をわけてくれないだろうかの?」
 そうすると、伊さんもいった。
 「わしは、魚がほしいだ」
 おっかけるように、となりであきないをしていた、宇さんもいった。
 「おらは、ブドウがほしいな」
 「それならどうだろうか、それぞれのねだんが一〇〇文でおなじだから、こうかんしようじゃないか」
 阿さんの意見に、のこりの二人もすぐさんせいした。
 阿さんが、大根を一本、 伊さんが魚を一ぴき、宇さんがブドウを一ふさ、ぶらさげてうれしそうに帰っていったと。

 そして、月の十七の日がやってきた。
 その日のあきないは、あまりかんばしくなかった。
 のこった品は、それぞれ、ぶどうが二ふさ、大根が二本、宇さんだけは、魚が八ぴきだった。
 これをすばやく見つけた阿さんは、「ブドウ一ふさ一〇〇文」と書かれた札に、いそいで線を一本書きこんだ。
 それを見ていた、となりの宇さんもおなじように、線を入れて「大根一本二〇〇文」とした。
 阿さんが、伊さんに片目をつぶって合図をしながらいいだしたと。
 「宇さんよ。魚をわけてくれないだろうかの?」
 つづいて、伊さんもいったと。
 「宇さんよ。魚をわけてくれないだろうかの?」
 「ああいいよ! たくさん売れ残ったから、阿さんや伊さんが買ってくれるとうれしいな」
 「そうだ、この前のようにこうかんしようかの」
 「そうしよう。そうしよう」
 「そうだの、めんどうだから」
 阿さんの意見に、すぐに伊さんが、さんせいしたので、宇さんもさんせいしたと。

 「きょうはブドウ一ふさが二〇〇文だから、ブドウ二ふさと魚が四ひきとこうかんだね」
 「おらのところも、きょうは魚一ぴき二〇〇文だから、大根が二本と魚が四ひきとこうかんだね」
 そういうと、阿さんも、伊さんも、
 「おつかれさまっ」
 といって、さっさと帰ってしまったんだと。

 宇さんの手もとには、ブドウが二ふさと、大根が二本残った。
 「あーあ、きょうは、あまり売れなかったけれど、ブドウのほかに、大根も手に入ったから、子どもたちもよろこぶだろう」
 そういって、宇さんは、海に近い家へ帰っていったと。

 月の二七日がやってきた。
 きょうの市は、にぎやかだったと。
 ところがその日は、阿さんのブドウも、伊さんの大根もほとんど売れなかったんだな。
 しかし、宇さん魚だけは、すぐに売り切れてしまったから、「みなさん、おつかれさまっ」とえがおでいって、さっさと帰ってしまったと。
 さてどうしたんだろうの。
 二人は、りゆうがわからなかった。

 阿さんは、売れ残った品をかたづけながら、わきにおかれた、ねだんを書いた札をみて、「あっ!」と声をあげたがおそかった。
 ね札には、「ブドウ一ふさ二〇〇文」とあった。
 「あっ!」という声を聞いた伊さんも、あわてて大根のね札をみて、「いけない!」っておもった。
 「大根一本二〇〇文」とあったのだ。

 次の市がひらかれた日には、阿さんと伊さんは、ね札にもう一本「一」を書いて、すっかり心を入れかえたと。
 「ブドウ二ふさ二〇〇文」とね。
 もちろん、阿さん、伊さん、宇さんは、その後もなかよく商売を続けたと。

 そして、阿さん、伊さん、そして宇さんが住んでいたあたりのことを、今では、「鵜住居(うのすまい)」と呼んでいての、正直者がすむ村だと。


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