地名からたどる創作民話


 地図にかかれた地名から想像して作ったお話をおとどけします。



青森県津軽市車力町(しゃりきちょう)1/25,000地形図青森11号ー3「車力」
 

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青森県 「車力の清さん」

(しゃりきのせいさん)




 ある村のはずれに、清右衛門(せいえもん)という魚売りの男がおったそうな。
 清右衛門は、“にぐるま“に魚をのせて村じゅうをめぐって売りあるいた。
 その清さんが売る魚はいつもしんせんで、村人にとてもよろこばれ、村人は清右衛門のことを「車力の清さん(しゃりきのせいさん)」とよんでいたそうな。

 この日も清さんは、北の村から魚をつんできてこの村で売り、帰りにはこの村でとれた野菜をつんで帰るつもりだったんだと。

 ところがな、その日はとても暑い日であった。村までの道のりのとちゅうでなんども井戸の水を魚にかけ、日かげ道をえらんでは村に向かったんだが、はこんできた魚の大部分が、いたんでしまったそうな。
 そいでもんでな、その魚は売れなかったんだと。
 清さんは、野菜をかうこともできなかった。
 でも清さんはな、それよりも、たくさんの魚をくさらせてしまったことをくいていたんだと。
 「ごめんな、ゆるしてけろ」
 「やく立たずの魚にしてしまって…、ゆるしてけろ」

 いたんで売れのこった魚たちに、やさしい声をかけ、少しだけなみだを流した清さんは、村はずれの大きな木の下で、とほうにくれていた。
 清さんはつかれて少しねむってしまったようだった。いつしか森の向こうに夕日が落ちそうになっていた。

 その時どこからともなく、声が聞こえてきた。
「帰ろう」
「私たちの村へ、帰ろう」
「帰ろうよ」
 たくさんの者が口ぐちにいう、そんな声が清さんの耳もとで聞こえたかと思うと、木の下でねころんでいた体がういたような気がしたんじゃ。
 清さんの体はどんどん空に向かっていき、魚を売って歩いていたあの村が、はこにわのように小さく見えるほどになったんだと。

 そして、まわりをよーく見ると、たくさんの魚が清さんの体を持ち上げていた。
 魚と清さんの体は、その村の上をすぎ、畑の上をとおり、海の上までくると、こんどは体をささえていた魚たちが、いっせいに海をめざして、おちていったんじゃと。

 そのとき、清さんの体はというと、なぜかふんわりと天にあっての、魚たちがしだいに海をめざしておりていくのが見えたそうな。
 「清さん、さようなら」
 「ありがとう、清さん」
 という声が聞こえたような気がした。
 でも、清さんの目に見えた魚たちは、青白い元気のない色をしていて、暑さでいたんでしまった魚たちのようだったんじゃと。

 しんせんな魚として、村人に売ることができなかったことを、ざんねんに思っての。
 清さんは、海へおりていく魚たちにもう一度いったそうな。
 「ごめんな…、二度といたんだ魚になんかしないから、かんべんしてけろ」
 そういいおわったとき、清さんの体は、あの村はずれの大きな木の下にあったと。
 「ゆめだったのかのー」
 清さんは、大きな木の下から、すぐに立ち上がるとな、にぐるまの上の魚を入れる木ばこをのぞいたんだが、その中には、あのいたんだ魚は一ぴきもいなかったそうな。

 「ゆめだったのかのー。でも、魚を売るおれに、なんであの魚たちは、ありがとうっていったんだろう」
 清さんは、ふしぎに思ったと。
 あの魚たちは、清さんのやさしい言葉にかんしゃしていたんだな。

 清さんはというと、それからもにぐるまを引き、いっしょうけんめい魚売りの仕事をしたそうな。そして、大きな木の前にくると、あのたくさんの、いたんだ魚のことを思い出しては、手を合わせたんだと。


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