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![]() ![]() ![]() ![]() ![]() でもね、ほんとうに鳥の目から見たらこのように見えるとは限りませんよ。 ![]() ![]() ![]() 東京を中心にして九州や北海道、外国まで描かれているものもありますね。 あんなに見えるはずもありませんよね。 ![]() さて、今日はその鳥瞰図作家で有名な、吉田初三郎のお話です。 初三郎を有名にした話として、昭和天皇が皇太子のときに、 京阪電車内に掲げられていた「京阪電車御案内(地図)」にすっかりほれ込み、 「きれいでわかりやすいので、東京の級友に持ち帰りたい」と、お話になったということがあります。 ![]() ![]() その後、全国各地から仕事が舞い込むと同時に、皇室との係わりもできたようですよ。 天皇の即位式との係わりで「京都全市鳥瞰図」を、 皇太子の四国御巡遊に随行して鳥瞰図を作製したようです。 ![]() ![]() その初三郎がね、岐阜県の日本ライン(木曽川)近く桃太郎神社を作った。 ![]() ![]() その後、ある人の紹介を受けて日本ライン近くに引っ越したそうです。 その、住まいの近くに「鬼が島」や「猿洞」「雉が棚」といった地名が存在していたことなどから 「ここが、桃太郎伝説発祥の地である」と確信し、 日本中にそれを宣伝してまわったといいます。 さらに、昭和4年に「桃太郎会」を作り、 翌同5年には神社を建て、地元と協力して「日本一の桃太郎祭り」も開催したそうです。 ![]() ![]() のちに名古屋鉄道社長になる方の好意を受けたものでした。 そのことに応える意味のイベント開催であったのかもしれませんね。 それ以前に、全国各地をめぐり鳥瞰図製作に力を注いでいるうちに、 ごく自然に観光イベントの実施などにも関心を持つようになっていたようですね。 ![]() それにしても、どうして桃太郎神社なの? ![]() 戦意高揚などのこともあって、皆が桃太郎という強い味方に憧れていたのでしょうね。 桃太郎神社は、今も愛知県犬山市栗栖字古屋敷にあります。 ![]() ![]() 桃太郎神社は、香川県高松市鬼無町にもあります。 ![]() 岡山県と桃太郎が、一番しっくりするような気がしますが、それは美味しい「桃」のせいかしら。 ![]() ![]()
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