地図にかかれた地名から想像して作ったお話をおとどけします。
和歌山県日高町産湯峠(うぶゆとうげ) 1/50,000地形図田辺13号「御坊」
むかしむかし、紀伊の国(きい:いまのわかやまけん)の山おくに、頭といわず、足といわず、どこまでも大きな山姥(やまんば)がすんでいたんだと。
山姥(やまんば)のすみかは、ふかい森のまもり神(かみ)のような大木(たいぼく)にあいた"うろ(あな)"にあってな、ひとりさびしくすんでいたそうな。
それでも、ときには、村人や木こりが道にまよって、ちかくにくることがあったから、山姥はそれをおどろかすのを、いちばんのたのしみにしていたそうな。
その山姥(やまんば)がすむ、ふかい山からくだったさとには、とても子どもがたくさんいる、にぎやかな村があっての、村人はしあわせにくらしていたんだと。
さとの村人が、なぜ、子どもにめぐまれていたのかというとな。
村のはずれに、小さなほこらがあっての、そのうらには、これも小さなどうくつがあっての、ここをくぐると子どもにめぐまれるという、いいつたえがあったそうな。
この村のよめっこは、一人のこらず、このどうくつをくぐっては、そばにあるほこらでおねがいをした。もちろん、どうくつもくぐった。
するとな、どのよめっこもたくさんの子どもにめぐまれての、おかげで、この村はいつもにぎやかであったと。
あるとき、山にまよいこんできた村人から、この話をきいた山姥(やまんば)は、「おらも、赤子(あかご)がほしいな」と、思うようになったんだと。
そして、ある日のことじゃった。
山をおりて、ねがいことをしようと、その小さなほこらのうらにある、どうくつに入ろうとしたそうな。ところが、山姥の体は大きくての、どうくつには体どころか、頭さえも入れなかったんだと。
それでも赤子(あかご)がほしい山姥はの、ほこらの前であたまをさげ、体をちょっと小さくして、男のような太くて、大―きな声でおねがいしたそうな。
「ほこらのかみさま! どうぞおらにも赤子をさずけて下さい、おねがいしますだ!」
そうすると、ほこらの中から、かみさまの声がきこえてきたと。
「山姥よ、どうしても赤子がほしのか?」
「はい、かみさま、どうしても、かわいい赤子がほしいだ!」
「そうか、赤子がほしいか。
山姥よ、ここでおまいりをし、このどうくつをくぐれば、赤子がほしいという、おまえのねがいがかなえられることはわかっているな」
「はい、わかっていますだ、かみさま」
「そうさなあ、その体ではどうくつをくぐれないだろう。
ねがいをかなえるには、このあながくぐれるくらいに、おまえの体が小さくなるのだが、それでも赤子がほしいのかな」
「はい、どうしても、どうしても赤子がほしいだ! なんとかおねがいしますだ、かみさま!」と、山姥は大きな体をちぢめるようにして、つよくおねがいしたんだと。
山姥のつよいねがいをしった、かみさまは、こういったそうな。
「それでは、これからも、日にいちど、それも、まい日、おまいりにくることをやくそくしなさい。そうすれば、きっと体が小さくなり、どうくつがくぐれるようになり、ねがいがかなうだろう」
「はい! ありがとうございますだ、かみさま!」
元気よくへんじをした山姥は、さっそく、つぎの日から、まい日かかさず、おく山から里(さと)へ出ては、おねがいしたのだが、六日たっても、七日たっても、体にはなんのへんかも見えなかったそうな。
八日目のあさのことだった。
「うーん、肩(かた)がつかえるうー!」
山姥は、ためしにどうくつに体を入れてみたんだが、すぐにつかえてしまった。それどころか、体がぬけなくなってしまった。
外に出ているからだをぶるぶるふるわせて、なんとか、どうくつの岩にはさまれた体をぬいた山姥は、頭からながれるあせを、手でふきながら、よーく考えてみた。
「いぜんは、頭も入らなかったはず。そうだ、少しずつ小さくなっているだ。もうすこし、がんばってみるだ」
山姥(やまんば)は、それからもまいにちかかさず、小さなほこらのある村のはずれにやってきてはの、おねがいをついづけたそうな。
そして、ひと月もたったある日、山姥は、ついにどうくつをくぐれるほど小さくなったんだと。
「おーら、わしもこのどうくつがくぐれただ! これで、わしにも赤子がさずかるだ! 赤子がさずかるだ!」
山姥は、うれしさのあまり、りょう手を上へあげておどりだしてしまった。そしてその日は、なんども、なんども、どうくつをくぐっては、ほこらの前で「赤子が、さずかりますように!」と、声がかれるほど、おねがいしたそうな。
「一日に一どだけ」という、かみさまのいいつけなど、わすれていた。
そして、すっかりつかれてしまった山姥は、ほこらのわきでいねむりをしてしまった。
そこへ、村のよめっこがひとり、赤子をさずかりたいと、おねがいにやってきたそうな。どうくつをくぐり、ほこらの前でおいのりをしていると、そばのしげみの中から、赤子(あかご)のなき声がきこえてきた。
「ほー、かみさまのごりやくは大いしたもんだ」
よろこんだよめっこは、ちょっと体のよごれた、女の子をだいて村へかえったんだそうな。
日になんども、おねがいをした山姥(やまんば)は、ねこんでいるうちに、小さな赤子になってしまったんだな。
よめっこは家にかえると、ほこらのまえのできごとをおとうに話して、そだてることにした。
「わしのうんだ子ではないが、かみさまからさずかった赤子だから、大切にせねばならないな。それにしても、ずいぶん、よごれた赤子だなあ」
と、よめっこはそういって、さっそくお湯(ゆ)にいれたんだと。
お湯の中の赤子は、いくらあらっても色は白くはならなかったと。それに、あまりきりょうよしではなかったけれど、くろ目が大きくての、それは元気な子だったあ。
よめっこは、すこしでも色が白い、きりょうよしのむすめっこになってほしいと、まいにち湯に入れては、ごしごしとあらったそうな。
ところが、赤子はお湯がきらいでなあ、よめっこが体をふくたびに、おく山までとどくような、それは、それは太い大きな声でないたと。
そして、なくたびに大きくなると思えるほど、じょうぶにそだったそうな。
それからのち、この山おくに山姥のすがたは見えなくなり、いつしか、このほこらのあったところを、産湯峠(うぶゆとうげ)とよぶようになったと。
あの赤子はの、はたらきもの大きなむすめっこにそだっての、よめにもいったけれど、おしりが大きくて、どうしてもあのどうくつだけはくぐれなかったと。
でもの、子にはめぐまれたそうな!
めでたし、めでたし!