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地図の風呂敷包み 地図の情報が入った風呂敷包み
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あすか けいた

第10話 玄関や台所は栃木県、居間は群馬県

「地図の風呂敷包み」の中に残された情報が少なくなりましたので、
    今回が最後になります。
早いですね、もう、終わりですか。
    「地図の風呂敷包み」などと
    大きく出たわりには、あっけなかったですね。
そういわれると、言い訳できませんが、
    土台になる「地図の風呂敷包み」が、古いもので!
    ともかく、区切りのいい、10回で連載を終わります。     
わかりました。
    では、今回も界(境)にこだわってみようと思いますが、
    どうして、川や尾根が行政の界になっている例が多いのでしょうか?
封建時代の国の界が、
    山稜や河川などの自然地形によって区切られていて、
    それが、明治期以降も引き継がれて、
    県界や市町村界となったのでしょうね。
そうですか。昔の国界を引き継いだのですね。
    それにしても、川の中心などを国界にすると
    洪水などで川の形が変化したときに困りますよね。
    第一、あいまいですよね。
封建時代の領地の界の多くは、
    現在の行政界のような明確な国界ではなく、
    グレイゾーンといったものでした。
    それに、境界付近の住民は、
    敵対する二つの領主から税金を二重に徴収されないように、
    双方に半分ずつ税を納めることもしていたようです(「半手」と呼ぶ)。
    ともかく、国界がごく曖昧なものでしたか、
    少々変化しても大きな問題にならなかったでしょう。

    ところが、現在の地図をみると、
    ごく細い線で表現されています。
    さらに、自然の力と人工的な河川流路の変更によって、
    現状の河川中心線と無関係な形となった行政界が、
    日本各地に多くありますよね。     

    そこで、現行河川の向こう側に
    飛地のように集落が残ることもあり、
    そこでは交通の便も悪く、
    住まいする住民には迷惑この上ないものです。

飛び地状になった行政界(久留米市とみやき町)
橋が近くあるからいいけれど! 飛び地状になった行政界
(久留米市とみやき町)

何とかならないのですか?
市町村相互に同じような面積の土地がある場合などは、
    住民さえ賛成すれば、物々交換のようにして、
    解決している例もあります。

    ところで、こうした河川中心線の行政界は、
    水面上に杭を打つわけにいきませんから、
    現地では確認できず、地図の上でだけ確認できるものになります。
え! そんなことでいいのですか。
はい、河川は公有地ですから、問題になりません。

    それどころか、行政界は、あくまでも行政が勝手に引いた線ですから、
    中には、個人の建物を横切ることもあります。
    尾根筋の行政界の例ですが、
    長野県(軽井沢町)と群馬県(安中市)の碓氷峠近くにある熊野神社は、
    本宮の中央が県界となっていて、建物の東側は群馬県、西側は長野県、
    それぞれに宗教法人が存在して宮司さんも二人、賽銭箱も別々にあります。

    また、栃木県(馬頭町)と茨城県(常陸大宮市)の
    鷲子山(とりのこやま)県界にある鷲子山上神社は、
    本殿に向かう階段から門、拝殿まですべてが県界上にあります。
    この神社は、全国で初めて同一施設が両県の文化財に指定されたのだといいます。
このような半公共的な建物ではなくて、
    個人の建物だったらどうなるのでしょうね。
はい、栃木県下都賀郡藤岡町と群馬県邑楽郡板倉町の界には、
    個人のお宅を県境が横切る場所があります。
どうしてそうなったのですか?

県界が家を横切っている辺り
県界が家を横切っている辺り

(旧)河川の中心線が県界を示していたのですが、
    今では、すっかり埋め立てられて、
    河川跡は、地図の上だけのことになってしまった。
    敷地だけでなく、玄関と台所は栃木県、居間や寝室は群馬県というわけです。
    このお宅では、住所は玄関や台所のある栃木県にあって、
    選挙その他の公共的なことの多くは同県へ、
    固定資産税は両県へあん分して納めているそうですよ。
個人の敷地の界と関係なく、県の界が存在するのですね。
そうでしょうね。
    この辺りの地図を見ると分かりますが、
    この地域で不用意に家を増築すると、
    警察はどうなるの、
    消防署はどうなるのといったお宅が続出しそうですよね。

    ほかに、
    熊本県(小国町)と大分県(日田市)の県界付近にある杖立温泉には、
    県界の小川を横切るように建つ温泉旅館があり、
    館内には県界の標識もあって、一軒で二県の温泉に入った気分になれるそうです。
個人の家は困りますが、
    一軒で、二度楽しめる温泉旅館はいいですね。
    こんど、訪問して見まーす。


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